小風呂敷一つの空身
峠の上りにかゝつた頃はもう午下り、一時頃ででもあつたでありませう。何しろ熱い日盛のことだから、土から熱気が火焔のやうにもえあがる。そろそろ足も疲れて来る。汗はだらだらと流れて、目の中へ流れ込むと云ふ有様ぢや。小風呂敷一つの空身(からみ)の俺(わし)ですら、十足(とあし)あるいては腰をのし、一町あるいては息を休めなければならない熱さでありました。
頂上近く行つたとき、俺よりも少し先に一疋の黒馬が、米俵を一杯に背負はされてこれもやつぱり山越えをして居るので、俺(わし)よりもずつと先に出かけたのであらうが、俺(わし)は空身(からみ)のことだから、そこで追ひついたのでありました。
馬子が一人手綱をとつて居た。馬はもうへとへとになつて居た。両足はしつかと土にしがみついていくら引つぱつても動かない。もがけばもがくほど、口縄が緊めつけて、鉄の轡が舌を噛むのぢや。口から白い泡が吹きたつやうに湧いて出るのぢや。汗と云つたら俺達人間のものとは又違つて、滝の様だと云ふ形容が全く相当して居ました。あの様子では一足(ひとあし)だつて歩けたものぢやない。
