縄帯をしめしめ
鋭い、いらいらした、尖(とが)つた気分は、重く澱んだ村中の空気をつきやぶつた。短い沈黙の後に、聞耳たてたひそひそばなしと、頓興ながやがや声とが入りまじつて起つた。ある者は片足ばきの藁草履で戸口を飛びだした。縄帯をしめしめ当もなく小走りにあるいてる若者もあつた。
「こらあ。吉次や、家(うち)へこいつてば。」
子供を表へ出すまいとして、家の口から呼びたてゝ居る女房もあつた。
盗人に腰繩をうつて、お巡査(まはり)さんは少し跡からしとしとと歩いた。盗人は旅姿のままであつた。脚絆わらぢがけで、木綿たて縞の合羽を著た、きりつとした仕度であつた。お巡査(まはり)さんは幾晩となく張り込んだ手柄を先づ村民から見て貰ひたいとも考へて居た。肥馬に跨り、革の鞭をとつて鞍の上から豊に睨み廻す時のやうな心持がかなり緊張を感ぜしめた。子供、子守、女親、一軒の主人、いろいろの人達がいろいろの顔付をして、ぞろぞろと後から跟いて行く。
親様のおつかさまも大勢の中にまじつて居た、気性のさつぱりした、それで居て情の深い、誰にもよく思はれて居る人である。二十代の若いときに、劇しい痛風症を煩つて左の足が少し跛となつた。
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